大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)10697号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の各建物を収去して、別紙第一物件目録記載の各土地を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成四年四月一四日から右明渡済みまで一か月金一四万六〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2のうち、原告が被告に対し、本件土地の残地部分(本件土地から本件賃貸借契約による賃貸土地を除いた部分)を貸し増しし、その際、原告と被告が、本件土地の賃料を一か月一四万六〇〇〇円とすることを合意したことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、右貸し増しがなされた時期は、別紙第二物件目録三記載の建物が建築された昭和四八年六月ころであることが認められる。

三  請求原因3について検討する。

1  一、二項記載の争いのない事実及び認定事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、妻の叔父の花井武次郎を通じて、野口健から、本件土地を賃借できないかとの話を持ち込まれた。野口健は、会社を設立して家具卸業を営むべく、知人を通じて倉庫用地を探していたが、右知人の弟である村田利平が花井武次郎にその話を持ち込んだことにより、原告に右賃借の話が伝わつたものであつた。

(二)  原告と野口健は、原告宅において、本件土地の賃貸借の条件について話し合つた。その際、野口健は、原告に対し、家具を収納する倉庫を建設するための用地として、設立予定の被告名義で本件土地を賃借したいが、その期間は、浦和市郊外に存する野口健の所有地上に倉庫を建設するまでの二、三年でよい旨告げた。原告は、当面、本件土地を利用する予定はなかつたものの、長期に本件土地を賃貸する意思はなく、短期間であれば賃貸してもよいとの意向であつたことから、賃貸期間については、これを短期間に限定することで原告と野口健との意向が一致することとなつた。

また、原告は、一坪当たり月額一〇〇〇円程度の賃料とすることを希望したが、野口健は、被告の資金面からして、当時としては月額一〇万円位が限度との考えであつたため、本件土地のうち一〇〇坪(本件土地を構成する別紙第一物件目録一記載の土地と同目録二記載の土地とは隣接しているが、右一〇〇坪をどの範囲のものとするかについては明確な合意はなかつた。)を賃貸借の目的地とし、賃料を月額一〇万円とする方向で賃貸借の話をまとめることとなつた。

(三)  右のとおり、賃貸借契約の骨子が固まつたことから、野口健は、大工の村田利平に対し、本件土地に二棟の倉庫を建築するよう依頼した。そして、野口健は、昭和四七年七月に当時勤務していた会社を退社し、被告の設立準備に取り掛かり、同年八月一九日、被告が設立されるに至つた。被告の代表取締役には野口健が就任し、その本店所在地は本件土地上となつた。

村田利平は、被告の設立ころまでには、本件土地上に別紙第二物件目録一、二記載の各建物を完成させた。

(四)  被告が設立された昭和四七年八月一九日ころ、原告と被告は、原告と野口健との前記話合いの内容にそつた線で、本件土地のうち一〇〇坪部分についての賃貸借契約を締結するに至り、賃貸借期間については昭和四七年八月一一日から二年間とすることを合意した。その際、右契約の成立を証する賃貸借契約書(甲第一号証)が作成されたが(なお、被告代表者は、その尋問において、右契約書が作成された時期は、本件土地全体を賃借した後の昭和四八年六、七月ころである旨供述しているが、《証拠略》によれば、右契約書には本件土地の一部である一〇〇坪のみが賃貸借物件として記載されていることが認められ、本件土地全体を賃借した後に右契約書が作成されたとするなら右記載は不自然なものになると考えられることに照らすと、右供述は採用し難い。)、短期間に限る賃貸借契約であることを明らかにするため、同契約書の冒頭には「一時使用土地賃貸借契約書」という表題が付され、第二条には「一時乙(被告)に賃貸することとし」という表現が用いられ、第三条には賃貸借の契約期間が二年間であることが明記された。

また、賃貸借期間が短期間であることが予定されたことから、右契約締結に当たり、権利金や敷金の授受はなされなかつた(右授受がなかつたことについては当事者間に争いがない。)。

(五)  昭和四八年六月ころ、原告は、被告に対し、本件土地の残地部分(本件土地から前記一〇〇坪の賃貸土地を除いた部分)を貸し増しし、その際、原告と被告は、本件土地の賃料を一か月一四万六〇〇〇円とすることを合意した。右貸し増しに当たつては、賃料以外の点は前記賃貸借契約書に記載された約定に従うことが当然の前提とされた。

そして、そのころ、被告は、本件土地上に別紙第二物件目録三記載の建物を建築(建築作業は被告の依頼により村田利平が担当)、所有するようになつた。

(六)  本件各建物は、いずれも、木造平屋建ての建物であり、合掌造りとなつている。基礎部分は、砂利を入れて突き固められた上に土台石が設置されるという構造となつており、柱には三寸五分角の柱が使用され、屋根及び周囲にはトタンが張られている。

別紙第二物件目録一記載の建物は建築当初から倉庫兼事務所として、同目録二、三記載の各建物は建築当初から倉庫として、それぞれ利用されるようになり、現在も右利用に耐えうる状態にある。

本件各建物は、いずれも建築確認を受けずに建てられた建物であり、建築当初は登記もされなかつたが、昭和六一年四月に保存登記が経由されるに至つた。

(七)  本件土地の賃貸期限である昭和四九年八月ころ、原告は、被告から、もうしばらく貸してほしいとの申出を受け、これを了承した。その際には、賃貸期間の終期についての合意はなされず、以後、本件土地の賃貸借契約は期間の定めのないものとなつた。

被告は、その後現在に至るまで、本件土地の使用を継続しているが、原告は、平成四年三月一四日までは、被告の右使用を了承していた。また、その間、賃料の増額がなされたことは一度もなかつた。

2  右各認定事実に基づき検討するに、被告代表者は、本件賃貸借契約を締結するに先立ち、原告に対し、賃借期間は短期間でよい旨を告げ、原告も短期間であるなら賃貸借契約を締結してもよいと考えたことから、両者の意向が一致して本件賃貸借契約が成立するに至つていること、本件賃貸借契約を締結するに際し作成された契約書の冒頭には、「一時使用土地賃貸借契約書」という表題が付され、右契約書の条項中にも、賃貸借の契約期間を二年間という一時的なものとすることが明記されていること、本件賃貸借契約の締結に際しては、権利金、敷金の授受はされていず、賃料の増額は、昭和四八年六月ころに一か月一四万六〇〇〇円となつた以後は一度もなされていないこと、以上に指摘した事実に照らすと、原告は、被告の本件土地使用を平成四年三月一四日までの長期にわたつて了承していたとの事実や、本件各建物は、建築以後現在に至るまでの間の長期にわたる使用に耐えうるものであつたとの事実を考慮してもなお、本件賃貸借契約については、当事者間に短期間に限り賃貸借を存続させる客観的合理的理由が存したというべきである。したがつて、本件賃貸借契約は、一時使用を目的とするものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、土地の賃貸借契約が締結された後に、右土地に隣接する部分の土地が貸し増しされた場合には、特段の事情がない限り、右貸し増し部分についても当初の賃貸借契約と同一の条件で賃貸されたものと解するのが相当であるところ、昭和四八年六月ころ、原告が被告に対し、本件土地の残地部分(本件土地から本件賃貸借契約による一〇〇坪の賃貸土地を除いた部分)を貸し増ししたことは前記認定のとおりであるから、右貸し増し部分についても一時使用を目的として賃貸さたものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  請求原因4(一)について検討するに、《証拠略》によれば、本件賃貸借契約の締結時に作成された前記賃貸借契約書には、「原告が被告に対し明渡しを要求した際は、被告は速やかに明け渡すものとする。明渡し猶予期限は明渡しの通告の翌日から起算して三〇日以内とする。」との趣旨の規定が設けられていることが認められるところ、右規定は、原告が被告に対し、本件賃貸借契約の解約の申入れをした際には、右申入れ日の翌日から起算して三〇日を経過した時点で、賃貸借契約が終了する旨を約定する趣旨で設けられたと解するのが相当である。そして、前項の末尾で指摘した理由と同様の理由により、貸し増し部分についても右約定の適用があるというべきである。なお、解約の申入れをした場合に、右三〇日よりも短期間で賃貸借契約が終了する旨の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。

請求原因4(二)については、《証拠略》によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

六  抗弁について検討するに、被告代表者は、その尋問において、昭和四九年八月ころにおける被告代表者と原告側とのやりとりに関し、「もう二、三年貸してほしいと申し上げましたところ、子供さんもまだ学校に行つているし、私らも商売やるつもりないし、あのままの現状だつたら使つていいですよということでした。」、「もう二、三年貸して下さいと行きましたらば、うちのほうでは何年でもいいですよと、こういわれましたよ。」との供述をし、《証拠略》中にも、右供述にそう記載部分がある。そして、原告は、当初の約定による賃貸期限を経過した後も、引き続き被告に本件土地を賃貸することを了承し、以後、本件土地の賃貸借契約は期間の定めのないものとなつたことは前記認定のとおりである。

しかしながら、証人花井繁は、その尋問において、右やりとりに関し、「花井さんのほうで自分のところで使わないので何年でも使つていてくれと、そんなことをいつたことはありませんか。」との質問に対し、「そんなことはありません。」との、被告代表者の前記供述に反する証言をしていることや、抗弁記載の合意を記載した書面は作成されてなく、昭和四九年八月の時点で、新たに権利金や敷金の差し入れはなされていないとの事実(これらの事実は、《証拠略》により認められる。)、さらには、右時点で、原告が一時使用目的でない通常の借地権に変換することを了承するような合理的理由を有していたことを窺わせる証拠はないといつた事情をも考慮すると、前段で掲げた供述、記載部分や認定事実から抗弁事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

七  以上によれば、本件土地の賃貸借契約は、解約の申入れがなされた平成四年三月一四日の翌日から起算して三〇日を経過した時点で終了したというべきである。

したがつて、原告の請求は、賃貸借契約の終了に基づき、本件各建物の収去及び本件土地の明渡しと、平成四年四月一四日から右明渡済みまで一か月一四万六〇〇〇円の割合による賃金相当損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余が理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官 山田俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例